試験管ベビー

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「先生、試験管ベピIちゅうのがロンドンで成功して、無事に子どもができたそうですね。アレ、日本では無理なんですか」
通院して三カ月もたたぬJ子さんが、何気ない表情で私に質問した。
実は、日本でも研究がかなり進んで態勢も整い、あとはどこが最初に実施するか、というところまできている。そう伝えると、J子さんは身を乗り出し、声をひそめて言った。
「私も内緒で、試験管でやってもらえないでしょうか。無理なら、ロンドンの病院の方に紹介してほしいんですけど.:‘・」
J子さんは結婚して四年、全く子宝に恵まれないからと診察を受けにきた。検査の結果、卵管がつまっているとわかり、手術するかどうかと話をまとめている段階だったのである。
「冗談いっちゃいけませんよ。手術をして、それでもダメならロンドンでもパリでも紹介を考えますけど、いまの段階で試験管などというのは、手術いやさの安易な逃避としか受けとれませんな」

J子さんのような申し入れは、ほかにもあったけど、みな同じように〃子どもは欲しいが、痛い想いをするのはイヤ″という発想である。そこが私の気に入らない。
努力なしでは、幸せは得られないものだ。試験管ベビーは確かに成功例がある。ロンドンでは、すでに二人が無事に生まれた。
その後、医師と生理学者が組んで、試験管ベビー専門の病院(三十床)をつくり、八十四万円で引き受けているという。いま三千人も申しこみがあり、ブームを呼んでいるということだ。
だが、誕生したことだけに目を奪われてはならない。実際には、いままでに二百人に試みた結果二人誕生したというのだから、成功率は一%にすぎないのだ。
ほかに二人が妊娠したが一人は流産し、もう一人は妊娠五、六カ月で奇形児とわかり中絶したという。
成功率が低いのは当然のことだ。卵巣を手術して卵子をとり出し(これが、まず危険)、シャーレ(時計皿)の上に置く。
そこへ精子を入れて受精させ、摂氏三十七度ぐらいの温度を保った孵卵器のような恒温槽に約二日間入れて受精させたあと、スポイトのようなもので母親の子宮へ入れる。
うまく着床するかどうかは〃神頼み″でしかない。
もともと試験管ベビーの本来の目的は、受精など人間誕生の神秘を解明するために開発されたものだ。
それを、こういう〃実用″に使おうというのはまだ時期尚早であり、どことなく邪道のような気もする。
「まあ、確率からいえば、五十回はロンドンへ行かんとダメだから約四千万円。それに旅費や滞在費ってことになると、全部でいくらかかりますかな」。
J子さんは〃もう結構″と手を振った。

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